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日本の貴族 |
日本貴族の発祥古代の日本においても、貴族の発祥となったのは豪族たちでした。中国と違うのは朝廷政治を基本にしていたため、その地盤が揺らぎにくかったことです。当時有名だった豪族は蘇我氏や物部氏などがいます。そして蘇我氏のリーダーであった蘇我入鹿が乙巳の変で粛清され、大化の改新が始まるとその権力構造が大きく変わっていくことになります。これが平安時代において権勢を振るった、藤原氏時代の幕開けとなったのです。 鎌倉・室町時代以降の日本貴族平安時代の末期には貴族は地方出身の武闘派豪族『武士』と由緒正しきやんごとなき者たちの『公家』へと分かれていきます。武士の誕生は、確実に朝廷の権力を削ぎ落とし新たな時代の扉を開いていったのです。そして仇敵である平家を滅ぼした清和源氏出身の源頼朝によって鎌倉幕府が開かれるようになると、貴族の権力は没落を迎えることになります。政治的な功績での出世を望めない朝廷に付くよりも武勲を挙げて出世できる武家政権の幕府に付く有力者が増えていったためです。そして、後鳥羽上皇の起こした承久の乱での敗退は朝廷の権力を失墜させ、続く応仁の乱を受けて公家は地方に散らばっていくことになってしまいます。 戦国時代以降の日本貴族そして、群雄割拠の戦国時代の到来は公家たちに更なる試練を与えます。戦国武将たち共通の野望である天下統一のための御輿として担ぎ出され、いざ天下が豊臣秀吉によって統一されてみれば武将たちによって高い官位を独占される始末。公家たちは1615年の「禁中並公家諸法度」の成立まで、形骸化しきった家名にすがり続ける羽目になったのでした。 江戸時代以降の日本貴族「禁中並公家諸法度」の成立によって、朝廷は自由に公家を官位に付けることが出来るようになったので、公家の権威も回復していくことになります。これが、後の明治維新の引き金を引くことになるのです。そして明治維新後は公家も武士たちもまとめて「華族」という新しい貴族階級に振り分けられます。そして華族は1947年の日本国憲法の制定を持って廃止されたのでした。 |
貴族の順位・爵位 |
貴族には「〜爵」と付く称号を与えられています。貴族は有爵者とも言い、有爵者は「閣下」または「卿」と敬称を付けて呼ばれます。ヨーロッパや日本で用いられていた爵位は次のようになります。 公爵(Duke、デューク)その語源は古代ローマの将軍を意味する「Dux」に由来すると言われています。その由来もあって、勇猛な軍人を讃えて与えられた称号です。日本の華族制度では徳川家康の血を引く徳川宗家や摂家と呼ばれる公家の最高位にあった家系に与えられました。 侯爵(Marquess/Marquis、マーキス)「辺境伯」とも呼ばれる、フランク王国成立以前の国境地帯の守りを司った武将たちに与えられた役職がその発祥であると言われています。後に貴族階級に組み入れられて、14世紀ごろには貴族として定着したと言われます。日本では旧徳川御三家などに与えられました。 伯爵(Earl/Count、カウント)Earlは北欧神話のJarlに由来すると言われる、元は一代限りの役職でした。伯または太守と言われ州を統治する役職だったのですが世襲制に切り替わり、12世紀ごろには貴族階級の称号として用いられるようになりました。Countは古代ローマにおいてDuxの部下のComesに由来し、後に州や郡を意味する「County」の語源となっています。華族制度下では維新に多大な功績を残した志士たちが組み入れられた爵位でもあります。 子爵(Viscount、ヴィスコント)副伯という意味合いで、フランスなどで使われていた称号です。イギリスに伝わったのは14世紀ごろで、州長官に相当する爵位とされました。日本では5万石以下の大名武家などが組み入れられています。 男爵(Baron、バロン)元は「自由民」を表す言葉で、後に子爵以下の爵位として用いられました。日本では明治維新後に華族になった公家や武家に割り当てられた称号です。ちなみにジャガイモの品種である「男爵いも」は、川田龍吉男爵が北海道上磯町で栽培したことが由来となっています。 騎士古代ローマにおいて騎馬で戦う戦士に与えられた称号です。騎馬の機動力を自在に操り、常時20kgを越える装備を身に付けて戦場を駆け抜ける技量を持っていることを讃えた称号でもあります。しかし、騎馬や鎧兜、槍といった装備を維持するには領地を持っていなければならなかったので男爵の次の貴族階級となっていきました。現在ではイギリス王室によって与えられる名誉称号ともなっています。 |
貴族の「高貴なる責務」、ノブレス・オブリージュ |
ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)はフランス語で「高貴な義務」と言う意味で、「貴族について回る大いなる責任」という意味を持っています。アメリカン・コミックスなどでたびたび口にされる「大きな力には大いなる責任が伴う」という至言とほぼ同根の意味を持っています。つまり、『特権を持っている貴族だからこそ、その特権を私欲ではなく民衆のために使うべきなのだ』ということで、現代の貴族には重責でしかないという意見もあります。 |
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